労災認定されなかったらどうする?対処法を社労士が解説
2025年10月17日
名古屋丸の内本部事務所
社労士 大内 直子
「不支給決定通知書」の要点とその後
今回は申請した病気やケガが労災ではない(労災不認定)と判断された場合の「その後」についてお話します。
不支給決定通知書のチェックポイント
労働基準監督署の不支給(不認定)の決定通知書には不支給の理由が簡単に記載されています。記載内容を読んでも理由がよくわからない場合は、提出先の労働基準監督署に詳細を確認しましょう。それでもなお決定に納得がいかない場合は「審査請求」を行うことができます。
審査請求には厳格な申請期限がありますので、その点注意しましょう。
労災不認定された後の選択肢
申請した病気やケガが労災でないと判明した場合、その後は
①決定を受け入れ、健康保険給付へ切り替えを行う
②不服申し立て(審査請求や再審査請求)を行う
などの選択肢が考えられます。
① 不支給の決定を受け入れ、健康保険へ切り替える
健康保険にも、病気やケガで働けず、給与を受けられない期間中の生活を支える『傷病手当金』の制度があります。
自分が支給対象となるか、具体的な手続き方法についてはご自身が加入している健康保険協会や健康保険組合に問い合わせを行い確認しましょう。
なお傷病手当金を受ける権利は「労務不能の日ごとにその翌日から2年」で時効になります。労災ではないことが確定したら、傷病手当金の手続きは早めに行いましょう。
また労災でないと確定した場合は、医療費も当然に健康保険を利用することができます。これまでの医療費は以下の手順で切り替え手続きを進めます。
イ) これまで「労災かも」として自己負担0円で受診していた場合
受診した医療機関や薬局に「労災ではなかった」と伝えましょう。一般的には病院側で健康保険に切り替えを行い、本人へは本来負担すべき3割分の医療費が請求されます。具体的な支払い方法などは医療機関の指示に従って進めます。
ロ) これまで医療費全額(10割)を自分で立て替えていた場合
本来、健康保険から受けられる7割分の返金を受けることができます。10割負担した医療機関の領収書(原本)と療養費支給申請書の2つを加入健康保険協会等に提出し手続きを進めるのが一般的ですが、念のため加入中の健康保険協会等に相談のうえ、手続きを行うのが安心です。
② 不服申し立て
先に記載の通り、労働基準監督署の労災不支給決定に納得できない場合、その決定の取り消しや変更の申し立てを行うことができます。この手続きを「審査請求」といいます。
審査請求は「納得できません!」と主張するだけでは足りず、一度出た決定を覆すには、客観的な証明が必要とされます。審査請求を検討する場合は、誰もが納得しうる証拠や資料を揃えることができるかを検討しましょう。
◎ステップ
(1) 厚生労働省HPや労働基準監督署で「審査請求書」の書類入手
(2) 審査請求書類の記入(*)
(3) 都道府県労働局へ審査請求書を提出(持参/郵送いずれも可)
(4) 審査請求書受理・担当の労働者災害補償保険審査官決定
(5) 審査開始
(6) 決定(認容/棄却)
(*)「審査請求の理由」は具体的に記載しましょう。
また労災不認定に至る経緯を確認(保有個人情報開示請求を行い内容を確認)したうえで、「詳細は追って主張」という手順で進めるのが効果的です。
◎審査請求制度の概要
イ) 請求権者:被災労働者やその遺族
ロ) 請求先 :労働基準監督署の所在地を管轄する都道府県労働局
ハ) 請求期間:決定があったことを知った日の翌日から3か月以内
ニ) 費用 :無料
不服がある場合その2
再審査請求(第2段階)
労働者災害補償保険審査官の審査請求の棄却に納得できない場合は、労働保険審査会に対して決定の取り消しを行うことができます。この手続きを「再審査請求」といいます。
所定の様式に再審査請求の趣旨・理由等を記載したうえで、審査請求の決定書が送付された日の翌日から2か月以内に、東京都港区の労働保険審査会へ書類を提出し、手続きを進めます。
また追加の証拠書類等の提出も可能です。審査請求同様、結果を覆すためには客観的な証明を求められます。
なお審査請求、再審査請求はどちらも不支給決定が取り消される確率が非常に低い、厳格な手続きです。
手続き検討の際は弁護士や社会保険労務士などの専門家の意見を聴くことをお勧めします。
訴訟(第3段階)
再審査請求の裁決に不服がある場合や一定期間を経過しても決定がない場合は原処分の取消訴訟を行うことができます。
なお労災の原処分の取り消し訴訟は提訴期間に厳格なルールがありますので、手続きを進めたい場合はお早めに弁護士にご相談ください。
なお当事務所では社会保険労務士が行った労災手続きを、ワンストップで弁護士につなげることができ、取り消し訴訟のための準備もスムーズに進めることが可能です。
ケース別・証拠収集と主張
長時間労働による精神疾患
長時間労働による精神疾患を労災として認めてもらうためには、なにより残業時間の証明が重要です。会社には従業員の労働時間を管理する義務があるため、タイムカードは当然備えられているものの、その情報を開示してもらえないことやそもそもタイムカードがない会社もいまだに多くあります。
このような場合でも、「会社からのメールの送付時間」や「家族宛てのLINEの送信履歴」「勤務時間を記録した日記」なども参考になる場合がありますので、勤務していたことを証明できそうな資料を一度集めてみましょう。
基礎疾患の悪化(腰痛、心疾患など)
労災の認定には「業務起因性」と「業務遂行性」が必要ですが、基礎疾患の悪化の場合、これらに加え「業務の過重負荷」が重要な判断要素となります。例えば脳や心疾患、腰痛の場合の業務の過重負荷の判断基準は以下の通りです。
(例)脳・心疾患の場合:「自然経過を超えて基礎疾患を著しく増悪させうることが客観的に認められる」負荷があったか?
(例)腰痛の場合:一般的に腰痛は加齢に伴い骨の変化によって発症することが多いが、その変化が「通常の加齢よる骨の変化の程度を明らかに超える」負荷があったか?
もともと自分が持っていた病気が業務によって悪化したことを証明するのは、大変難しいことですが、主治医や弁護士、社会保険労務士等の専門家の意見を聴きながら、医学的な根拠や過重負荷について今一度検討してみましょう。
よくあるご質問(FAQ)
Q. 申請から決定まで、どれくらいの期間がかかりますか?
A. 労災の審査は3か月~長い場合は1年程かかることもあります。精神疾患や過労死等の審査には長い時間がかかる傾向です。また審査請求や再審査請求も標準的な審査期間はありませんが、事案の重大さや複雑さによって大きく異なり、審査が長期化することも多い印象です。
Q. 審査請求の期限を過ぎたら、もう何もできませんか?
A. 原則請求期限内でなければなりません。
ただし次の事情がある場合は疎明資料を提出することで手続きを認められることがありますので、行政機関に問い合わせを行ってみるのが良いでしょう。
・天変地変など一般に請求人が如何ともすることができない客観的事情がある場合
・請求人は期限内にできる限りの努力をしたものの、審査請求の意思を行政に表明することが困難なほどの事情(病気等)があった場合
(参考:労働保険審査請求事務取扱手引)
Q. 会社が非協力的で、労災申請に必要な書類が集まりません。どうすればよいですか?
A. 申請書類のすべての内容が記載されておらず、分かる範囲のみ記載をしていたとしても、事情を具体的に説明することで労働基準監督署に書類を受け付けてもらえる場合があります。
まずは管轄の労働基準監督署もしくは弁護士、社会保険労務士などの専門家へ相談をしてみましょう。
Q. 労災で休んだ後、復職する際のコツはありますか?
A.まずは本当に復職可能かを主治医とよく相談しましょう。その上で、会社とは「復職の時期」・「復帰後の業務内容や勤務時間」・「業務での配慮事項」など、お互いが納得できるよう話し合いを行います。
完全復帰に自身が持てない場合は、リハビリ出勤の期間を設けるなど、復職を目指し段階的な出勤が可能かを会社に相談してみるのも良いと思います。