離婚時の住宅ローン|財産分与・名義変更・連帯保証の注意点
2025年10月21日
名古屋丸の内本部事務所
弁護士 長瀬慶
はじめに
離婚時に住宅ローンが残っている場合、その取り扱いは非常に複雑で、慎重な対応が求められます。
これは夫婦間の合意だけで解決できない「金融機関との契約」という側面があるためです。
ご自身の状況を正確に把握し、将来のリスクを避けるための知識を整理しましょう。
離婚と住宅ローンの基本
所有名義とローン名義
「家の所有名義(登記)」と「ローンの契約形態」を分けて考えることが重要です。所有者が誰か、債務者が誰かといった状況の違いによって、採るべき対策が異なってきます。
⑴ 所有名義の種類(誰の家か)
ア 単独名義
家(不動産)の所有権者として、夫または妻のどちらか一方の名義で登記されている状態をいいます。
イ 共有名義
家(不動産)の所有権者として、夫婦両方の名義で、持分割合を決めて登記されている状態をいいます。
⑵ ローンの契約形態(誰が返済義務を負うか)
ア 単独債務
夫婦の一方のみがローン契約の債務者となっているケースです。
もう一方が、ローン契約に付随する保証契約を締結し、「連帯保証人」になっている場合も多いので注意が必要です。
イ 連帯債務
1本のローン契約に夫婦双方が主債務者として返済義務を負う契約です。
離婚しても、金融機関に対する返済義務は原則として双方に残り続けます。
ウ ペアローン
ペアローンは、夫婦それぞれが個別に返済義務を負う契約です。
2本のローン契約が存在し、各自が主債務者となります。加えて、互いに相手の連帯保証人となることを求める金融機関も少なくありません。
エ 共通する注意事項
離婚時の扱いは後述しますが、どの形態のローンであっても、債務者の変更は勝手にはできません(無断での変更は後述するリスクを伴います)。
オーバーローン
オーバーローンとは、住宅の現在の評価額(時価)よりも、住宅ローンの残高が多い状態を指します。
財産分与では、不動産の価値を「時価-ローン残高」で評価するのが一般的です。
そのため、オーバーローンの場合は実質的な資産価値がゼロ(またはマイナス)と評価されます。
裁判例においても、「清算すべき資産がない」として財産分与の対象外と判断されることがあります。
※注1 不動産の市場価値が住宅ローン残高を上回っている状態をアンダーローンといい、この場合はプラスの資産として財産分与の対象となります。
名義変更・連帯保証の落とし穴
夫婦間で家の取得やローン返済の合意をしても、それが金融機関に通用するとは限りません。ここに大きな落とし穴があります。
ローン名義の変更は原則できない
離婚をしても、ローンの名義が自動的に変更されるわけではありません。 ローン契約の名義人(債務者)を変更するには、金融機関の承諾が必要となります。
ただ、離婚を理由に債務者の変更を金融機関が当然に認めるとは限りません。 これは、債務者の変更は新たなローン契約と同様の審査が必要になるためです。
所有名義(登記)を無断で変更するリスク
住宅ローン契約には、「金融機関の承諾なく所有権を移転してはならない」という条項が含まれていることがあります。 無断で家の所有名義を変更すると契約違反となり、ローンの一括返済を求められるリスクもあります。
※注2 住宅ローン約款において、担保(抵当)物件の現状変更・権利設定・譲渡には事前の金融機関の承諾を要件とし、違反は期限の利益喪失の対象とされていることもあります。
離婚しても連帯保証人の責任は消えない
離婚届を提出しても、連帯保証人の地位は自動的に解消されません。
金融機関にとって、離婚とローン契約とは無関係だからです。
主債務者である(元)配偶者の返済が滞れば、連帯保証人に返済義務が生じます。
例えば、夫婦間で「ローンは夫が全額支払う」と約束しても、その合意は金融機関には主張できず、妻は法的な支払い義務から逃れることはできません。
離婚時の具体的な対応策
対応策は大きく「売却して清算する」か「どちらかが住み続ける」かの2つに分かれます。
売却して清算する(任意売却)
家を売却し、その代金をローン返済に充てる方法です。オーバーローンの状態で返済が困難な場合は、金融機関の同意を得て「任意売却」を進めます。
競売よりも高い価格で売却できる可能性があり、残債務を圧縮できるメリットがあります。
売却後も残ったローンについては、夫婦で返済の分担を協議する必要があります。
これまで住んでいた家を手放す心理的なハードルや引っ越し等の手間から敬遠されることがありますが、長期的にみればシンプルかつ経済的な合理性を有する選択肢となることも少なくありません。
どちらかが家に住み続ける
⑴ 一方が家に住み続ける場合、相手の持分を財産分与として譲り受け、不動産の所有名義を単独にします。しかし、根本的な解決のためには所有権の整理のみならず、以下のようなローン契約の整理(一方への借換え)が必要となります。
一方(妻か夫のいずれか)への借換えとは、家に住み続ける側が、自身の名義で新たに住宅ローンを組み、既存のローンを完済する方法です。
これができれば、元配偶者は債務者や連帯保証人から完全に解放されます。
ただし、単独での審査を通過する必要があり、ハードルは高いのが実情です。
⑵ 借換えをしないリスク
借り換えが難しい場合、ローン名義は元のまま、住み続ける側が返済を肩代わりする約束をすることがあります。
しかし、これはあくまで夫婦間の内部的な約束であり、元の債務者・連帯保証人の法的な責任は残るため、将来のトラブルリスクを抱えることになります。
※注3 ローン名義人の返済滞納に伴う差押え・競売によって退去を迫られることなど
取り決めは「公正証書」で実効性を持たせる
住宅ローンに関する夫婦間の取り決めは口約束ではなく、必ず書面に残しましょう。また、その書面を公正証書化することも検討しましょう。
公正証書は、公証人が作成する信頼性の高い公文書です。
公正証書において、金銭の支払いについて「強制執行認諾文言」を入れることで、万が一、相手からの支払いが滞った場合に、裁判を経ずに速やかに給与や財産の差し押さえといった法的措置をとることが可能になります。
ただし、ここでも夫婦間の約束の実行を担保するものであって、その効力を金融機関に対抗できるわけではないことに注意が必要です。
ケース別の着眼点
ペアローンの場合
夫婦双方が債務者であるため、解決策は「売却」するか「どちらか一方が借り換えてローンを一本化する」か の二択に絞られます。 ローン名義人の返済滞納に伴う差押え・競売によって退去を迫られることなど
※注4 ペアローンは夫婦の一方のみではローンの審査が通らないケースで使用されることがあり、借換えが難しいことがあります。
夫が債務者+妻が連帯保証人の場合
妻が負う連帯保証のリスクをいかに解消するかが優先的な課題です。 夫の単独での借り換えや売却によって、早期に保証契約から離脱することが考えられます。
子どもの学区を優先したい場合
今の家に住み続けることを優先する場合でも、ローン債務者が元配偶者のままであるリスクを十分に理解する必要があります。
夫婦の収入に大きな差がある場合
収入の低い側が家とローンを引き継ぐのは、将来の返済破綻リスクを高めます。 無理に居住継続にこだわらず、売却して経済的に自立する方が賢明な場合も少なくありません。
まとめ
離婚と住宅ローンの問題は、法律・不動産・金融が絡み合う複雑なテーマです。 ご自身の判断だけで進めてしまうと、将来予期せぬリスクを負うことになりかねません。 お一人で悩まず、なるべく早い段階で弁護士などの専門家にご相談ください。